走馬灯の頃にはまだ早いけれど。

「所詮、我々は自分で夢の間に製造した爆弾を思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠いところへ、談笑しつつ歩いて行くのではなかろうか」

時折ふと夏目漱石のこの言葉が思い出され、空恐ろしいような気持ちになるのです。

けど、談笑する相手がいれば人生の不安はずいぶん紛れる。
ネット上じゃなくて、隣で同じ空気を吸いながら談笑する相手。欲を言えば、穏やかな愛おしい気持ちで、信頼し心寄りそえる相手。

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今年も大好きな山へ行きました。

本当に美しい山です。

中でも、高く高く伸びた山桜が林立する広場があって、そこが本当にこの世ならざる雰囲気で。

風に舞い散る桜に、胸が締め付けられました。

両親と行ったのだけど、これは……何か、好きな人と来たいと思いました。なんで親や友達とではダメなのか、そういった相手を求めてしまうんだろうと不思議に思いながら、まぁでも私は切なさに浸るのが好きなのだから、私には欠けているがゆえに噛みしめることのできる本や映画や音楽があるのだから、それもいいのだ、と自分をなぐさめたのでした。

もしも好きな人とここに来れたら………それはきっと最期に流れる走馬灯のメインパートを担うことになるんだろうな。

って、漠然と「好きな人」と言っているけど、実のところ、恋愛とか結婚とかの状態を本気で求めているのかと言われたらそういうことでもなくて。強がりでもなくて、うまく言えないのだけど。

人を愛おしいと思う瞬間を、もっと体験したい。

その瞬間をかき集めたら孤独が癒えるんじゃないかって。

叶うとか叶わないとかそんな次元じゃなくて、ただ愛おしいという気持ちの集積だけで、いい夢見れるんじゃないかって、何か切実にそう思うのです。

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