心のエンターキー

お久しぶりです。ArispiAですほっしぃ
このブログ、なにやら半年に1回更新の様相を呈してきましたね。。

頭にふわ〜っと書きたいことが常に浮かんではいたのですが、ここに向き合うとキーボードが打てなくなるという現象にずっとさいなまれていました。
渾身の文章を綴ろうという気負いが強すぎるのかもしれません。
ツイッターで140文字の小宇宙に思いの丈を投げ込む方が手軽で、そちらは気が向くとぽつぽつ呟いてたんですが。。。

 

2月某日、いよいよ抜き差しならない年齢に突入してきたわけで、今年の目標は「決まらなくても決めていく」。
エンターキーを押していくこととします。

一見穏やかなようでいて、ものすごい勢いで、時の河は流れて行く。

終着点に流れ着く前に、何度も何度もエンターキーを押し、浮き上がっていかないとと思うのです。それがたとえ思い描く完璧な姿じゃなくても。

 

2017年の年末、立ち退きのアパートから実家に出戻った。

同時に1年半つとめた映画館もやめた。

相変わらず腰が重くて焦燥感だけが募る。

けど、興味深い新しい友達の輪ができたりもしている。
それは、私が願って、タネを蒔き、そこに足を運んだ結果だと思う。
とても良い兆候だ。

興味のない話を興味津々なふりして聞くのは、もうやめる。

胸に手を当ててちゃんとワクワクの方角を見極めて、人がなんと言おうと、そっちに向かっていけるようになりたい。

的外れな生き方をしないように。

小さなことからひとつひとつ決めていこう。

 

+:.♯:.♪+.。*.+:.♯:.♪+.。*.+:.♯:.♪+.。*.+

 

アパート取り壊し直前、撮影を敢行。

うちにはもう帰れないという状況の中「うちに帰ろう」を弾きました。。

40年後について歌った曲なのですが、さぁてリアル40年後はどうなっているかな…

住む家とわずかな年金は確保してあるので野垂れ死ぬことはないと思うのだけど…(Ꙭ;)

アパートとピアノとアリスピア

ご無沙汰してましたほっしぃ
この半年の間に、ずいぶんとまた奇妙な境遇へと陥ってましたので、お話しようかと思います…。

2017年の年明けから一人暮らしを始め、4月に明かりがともり、そして6月、ついに念願のピアノをお迎えしたんですよね。

中古のYAMAHAアップライトピアノ、10万。

さーこれから!このピアノとともにここで暮らしてくんだーと期待に胸ふくらませていた矢先の大事件、聞いてください。

一通の手紙が投函されていて、開けてみると……

( Ꙭ)‥‥‥

 

見た瞬間、「ちゃっちゃ〜らちゃ〜ん♪」っていう負け猫のテーマソングがね、流れてきたよね。(そんなのないけど)

 

漫画やドラマなんかでは、よくこういうシーンを目にしてたっけ。
退去通告の手紙を受け取って呆然とするも、そこからストーリーがあれよあれよと急展開していくっていうような。

だけんどまさか、自分の身にこれが起こるとはねーと思って、声出して笑っちゃった。

でもこういうことって、他のいくつかの場面でも起こるのかもな。

会社が倒産して明日から来なくていいよ、とか、レントゲン見ながら医者から病気の告知を受ける、そんな時「あ、これドラマみたい」ってどこか客観的に思っちゃったりするのかもしれない。
でもそう思うことで少しでもショックを軽減できるとしたら、ドラマや漫画は人の役に立ってるよなーなんて思うわけで。

それにしてももったいないな。アパート、築46年とはいえ、中はリフォームされていてとってもキレイなんです。エアコンもトイレもピカピカで、ウォシュレット付きのトイレなんて2015年製だよ。

奇遇なことに、お迎えしたピアノは47歳と、アパートとほぼ同い年。
かたや跡形もなく取り壊されて、かたやこれからも弾き継がれていく……人生色々だな、と。

私はとりあえず47歳まで健康に生きながらえて、たとえ独り身だったとしても幸せな気持ちで創作活動をしていきたいな、ArispiAとして。
なんて、ぼんやり思った。

 

アパートとピアノとアリスピアについて想いを馳せる夜。

…ってそんなのんきなこと言ってないで早く次の引っ越し先決めないとか(Ꙭ;)

 

明かりともる。

1月から一人暮らしを始め4ヶ月。ようやく、部屋に明かりがともった。

築45年の元和室の部屋の壁には電気のスイッチがついておらず、持ち込んだ照明器具のオンオフができなかったので、キッチンからの漏れ灯と小さな電球だけでこれまでしのいできた。
でもアマゾンで購入した1300円のリモコン操作用の機器を天井に取り付けることで、ようやく部屋全体が照らされたのだ。
しかも、シャンデリア。この古アパートには不相応なほど、ぱぁっと一気に華やいだ。
上を向くとちょうど頭の上で、キラキラキラキラ光ってる。

なんかインスピレーション降ってきそうだな、って思った。

ネットで見かけた文章で、『素質がある人は、ある時期、内から湧き出るものがある。それを文章化することによっていい作品が書ける。ある時期が過ぎてしまうと、内から湧き出るものが無いから、味気ない作品を書くようになる。それを才能の枯渇という。』というのがあった。

『内から湧き出るもの』がないのに、知識やテクニックだけで作品を作っても味気ないものになる、これは真実だなってすごく納得した。

ミュージシャンは若いある時期に名曲を次から次へと生み出すのに、歳をとると昔の曲を超えるものがなかなかできないのはなんでだろうっていつも思ってたけど、そういうことなんだなって。
若くて経験値が乏しくて荒削りでも、心に響くものを生み出せるのは、内から湧き出るものがあるから。

それがなくなるのはこわいよなぁ。
普通に幸せに生きる分には、そういう衝動っていうのは心の平穏を乱すもので、邪魔なものかもしれないけど。
音楽でも、小説でも、何かを生み出す人にとっては、なんとしても手に入れたいもの。

創作意欲。インスピレーション。

明かりがともったことで、キラキラキラキラ、降ってきてくんないかな。

IMG_1075ArispiA

5度目のライブ、狼達と猫。

2016年9月5日(月)は、ArispiA 5度目のライブでしたほっしぃ

地元立川、バベル様からまさかのオファーがあったのが3月のこと。
YouTubeを聞いてくださった方からメールでお誘いいただくことはごく稀にあったけど、けっこう断ってしまっていた。
でもここはなんといっても地元だし、超ロックなイメージでカッコいいライブハウスだから是非ともやりたいな〜と思って。

やりたいな〜と思ったものの当時歌入りの曲は2曲しかなかったので、半年先に予定を組んでいただいた私の小心。

9/5は『フロアの狼達』というイベントでした月

一匹狼ばかり12組、私以外全員ギターで。
12組中10組が男の人。

フロアの狼達というネーミングにふさわしく、タバコすぱすぱ吸ってるようなワイルドめの狼たちがフロアにひしめいてて、ちょっ…と怖かったな(笑)

当日は、狼に負けてらんねーとか思って気張って猫Tシャツ着てったけど。。

完全に変な鍵盤弾きの猫が一匹紛れ込んじゃった感じ ( Ꙭ)

それにしても皆そろいもそろって声が、遠吠えみたいによくまぁ響くこと。

圧倒されっぱなしのあっという間の5時間。

一人目からもう全力で魂のこもった歌声が届いてきて、すごかった。

その中でもとりわけ届いてきたRIRIKOちゃんと田中雅紀さんのCDを衝動買いしてしまった私。
4曲入り200円とか7曲入り500円という価格設定は、思わず手が伸びてしまう…。

そんな低価格なのにクオリティはものすごいことになっていて、ちょっとびっくりするほど歌声がびんびんと心に響いてきた。

‥‥そういったこともあり、ライブを終えて私の頭に浮かんだ言葉は、、、きょ、『去就』の2文字?

もうね、去就問題に発展した。

この先の身の振り方考えないとなーって。

猛者たちに紛れ込んだ薄汚れた猫がか細い声で「にゃあ…」とかって歌ってても全然届かないの。
空気変えることなんて、できやしないの。

でも、そうやって悩んでたら、
『歌の主人公そのままに翼々として、それでも懸命に歌っている姿は、誰にもないアリスさんだけの魅力だと思います。 』
って言ってくださる方がいて、私はそのお言葉を心の宝箱にしまったわけだけど。

『翼々(よくよく)』って言葉知らなくて調べたら、字面は羽ばたいてそうなんだけど意味は『びくびくするさま』ってあって、すごい私にぴったりで気に入っちゃった。

うすうす感じてたけど、私の存在はライブハウスでどうも浮いている。
下手くそっていうのもあるけど、翼々と歌う人って、音楽やってる人であんまり見受けられない異質な存在だからかも。

負け猫的なコンセプトも、男の人ではたまにいるけど女の人だとほとんどいないんだよなぁ、なぜか。

でももしかしたら、翼々としながらも、それでも懸命に歌うことが誰かの心を動かすことだって、あるかもしれない。
他にあんまりいないぶん、どこかに需要はあるかもしれない。
‥って急に目の前が開けてきた。

自分でも単純だなーって思うけど、誰かが言ってくれた一言で、救われる心地のすることもあるもんだな。

もう少し、がんばってみようと思う。

下手だし若くもないし滑稽かもしれないけど、負け猫系シンガーソングライターとして、もう少し色々とあがいてみる。

もしかしてこの先「ライブ活動」という形ではなくなるかもしれないけれども。

ArispiAとして、音楽で、言葉で、何が伝えられるんだろう。

上手い下手をこえて、心に響くものって何なんだろう。

何かつかみかけてるような気が、今はまだしてるから、まだ、もう少し。

tachikawababel

ArispiA

4度目のライブ、理想のライブスタイル考。

2016年6月24日、ArispiA4度目のライブを荻窪ルースター・ノースサイドで行いました。

こちらのライブの経緯としましては。。

突然ツイッターで知らない人にフォローされて、メッセージで「アーティスト支援してます!ノルマなしのライブです!」っていう風に誘われて、それが一人ならまだしも何人かに誘われたものだから、私はちょっ…と、あやしいんじゃないか (なんか買わされるんじゃ…とか宗教の勧誘か…とか)って思って断っていたのだけど…

ある日、以前共演して交流のある素敵なピアノシンガーソングライターの方にも誘われて、どんだけテリトリー広いんだ!ってびっくりし、でもまぁ知っている信頼できる方が誘ってくれるのだから、と思って参加を決意しました。

ライブ2ヶ月前に遠くの喫茶店で面接まで行い…

出演が決定したものの、面接してくれた担当者の方が忙しいらしく全然日程の連絡が来なくて、2週間前になって違う人に担当がバトンタッチしてやっと連絡が来たんだけど…
ノルマはないけど現時点での集客人数を聞かれたり、集客努力するよう言われ…
とはいえ呼べる人がおらず…

本当申し訳ないのだけど、当時私生活でいろいろと忙しかったり疲れてて、ライブに向かうモチベーションが低下してて、結局前日の告知になってしまった。

ノルマなしでも集客のプレッシャーをかけられるくらいなら、最初から1万円くらいのノルマがあった方が気が楽なんだよなぁ…って思っちゃった。

そんな風に悶々としてたら、当日になっていきなり出演者が増えたとかで、トップバッターの自分の出演時間が25分早まる事態!

全部…私がいい加減で告知とかも怠って「今のところ集客0です…」とか言っちゃったからだなって思った。

当日は神みたいな人がサプライズで来てくれて私は驚くやら嬉しいやらで酔っ払ったし、終わってみればライブ企画自体はすごくちゃんとしてて、運営者様も出演者さんも皆良い人でよかったんだけど、反省するところの多い4度目のライブでした。。

集客って怖い。
まずもって自分の演奏に自信がないから、絶対に誰かに直接、来てくださいなんて言ったりできない。
断らられること無視されること前提で気軽に「来て〜♪」って言ったらいいのかもしれないけど、、私がそれを言われると断ることがなかなかできなくて悩んじゃうからな。

ファンでもない友達からお金と時間を頂いて自分の演奏を聞きに来てもらうって、よくよく考えるとものすごくナルシストというか自己中心的な発想なんじゃ?とかって考えてしまって‥‥
これじゃあがんばって音楽活動している人をも蔑視してるみたいで、自分のマイナス思考、嫌んなっちゃう……けどダメだ。
どうしてもそういう捉え方をしてしまう。

レストランの片隅で、お客さんもタダなら自分もノルマなしで出演し、食べながら聞いてくれるお客さんのために、ひっそりとピアノを演奏し時々歌う、それが理想のスタイルなんです。
欲を言えば、お一人様のちょっと寂しさを抱えたお客さんの集まるレストランがいいかも。
例えば仕事帰り、一人でテレビ見ながらコンビニ弁当に比べたら、誰かの心のこもった演奏を聞きながらが美味しいごはんが食べれるんなら、そして料金も食事代だけだったら、私だったら通っちゃうと思う。
楽しげにしゃべる人々の中でひとり寂しく食べるより、ほのかに灯るキャンドルライトの店内で静かに生演奏を聞きながらの夜ごはんは、心のスキマを埋めてくれると思う。

全員が注目しなくても、食べながらでもざわついてても、それでいい。
それが私の理想のライブスタイル。

でも、そういう場はどこにもない。
どこにもないんだよなぁ。