音楽活動10年、わだち、アイデンティティ・クライシス✴︎

流れが早い。ここ数ヶ月の流れが早すぎる。それというのも、これまでの自分の音楽活動のペースがあまりにのろかったから。

初めてピアノ弾き語りのオリジナル曲をYouTubeにアップしたのが2015年10月27日。そして初めてのライブにして完全アウェイの大舞台、世界最大級のライブ・コンテストの予選大会出場という無謀すぎる人生初ライブ演奏が2015年11月1日。(当時オープンマイクすら行ったことないのにどうしてそうなった)

現在は2026年2月。音楽活動を始めて10年の年月が経ってしまった。。にも関わらず経験値があまりに乏しい。周りのミュージシャンを見渡してみても、何してたの?って言いたくなる、本当にスピード感のない人間です。

ライブの回数はこれまでに29回ほど、オープンマイクは10回以下。初めて1年足らずでライブ活動を休止し5年、2022年から重い腰を上げてライブ活動を再開したかと思いきや、以降も年間4本くらいのライブ、年1、2回のオープンマイクに留まるって、どんだけスローテンポ。

ライブを休止していた2018〜2019年は、和歌山県の高野山の寺の宿坊で住み込みで働いていた。なぜそうした行動に出たのか今となってはよく思い出せない。ファーストシーズンは酒にまみれたどんちゃん騒ぎ(密教の厳粛なお寺なのですが)で楽しいだけだったのに、仏の怒りに触れたのか、セカンド、サードシーズンと時を経るにつれ恐ろしい仕打ちが待っていて、さっさと逃げりゃ良かったのに(そこでは少なくない人が夜逃げのような形で去っていった)我慢しちゃって、涙のフィナーレ。コントみたいなオチ付きで、心身共に無駄に傷ついた。詳細はまたいつか、10年後くらいに。

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そんな高野山での思い出を一つ取り出してみる。あの頃、仕事場から近くの高野山大学の図書館に足繁く通っていた。高野山で働いている人なら誰でもカードを作り、自由に利用することができるのだ。

高野山大学図書館ホームページより

戦前に建設された美しい西洋風のレトロモダン建築で、とても厳かで静かで心落ち着く空間。最新式のピカピカのトイレでリフレッシュし、ロビーで無料の紙カップ式の自販機でコーヒーを飲み、館内にある誰でも自由に弾くことができる電子ピアノを弾いた。ある時、ヘッドホンをしているにも関わらず打鍵音や音漏れがあったらしく、神経質そうだけどちょっと素敵なメガネの女性司書さんに「うるさいです」と注意され、それ以降は控えるなどした。

美しい開架室の奥の頑丈な扉を開けると現れる、スチールの狭い階段を上って書庫まで行くのが日課だった。全く人がいないことも多く、「シーン」という音が聞こえてきそうなほどの静寂。誰にも邪魔されず、瞑想にも似た気持ちで心整えられる時間。私はそこに逃避できたからよかった。借りたジブリのDVDにも助けられた。『思い出のマーニー』が琴線に触れ、涙を流した夏の夜の青い空気。束の間の幸せに浸ることで、なんとか辛い日々を乗り切ることができた。

思い出のマーニーの主題歌『Fine On The Outside / プリシラ・アーン』大好きです。孤独を歌った歌。
思い出の書庫(高野山大学図書館ホームページより)

ある日、そんな高野山大学の図書館の書庫でふと手に取った本に書いてあった文章が妙に心に刺さり、書き留めたのだった。

若いうちは、みずみずしい生命力の方が固定した型よりもまさっている。心の習慣性はまだ固まり切っておらず、しなやかで、あらゆる障害を乗り越えていけるという自信もある。しかし、同じ行動や思考を何回も繰り返すうちに、心に「わだち」が刻まれる。年を取るごとに、この「わだち」はさらに深くなる。そんなわけで、自己への取り組みをせずに年老いた者は、頑固で、執着が強く、了見が狭くなってしまうのである。

男女のスピリチュアルな旅 / ジョン・ウェルウッド 1990)

わだち?

一つの道をわき目もふらずひたすら進んで何かを極めるのって、信念だとかブレない人生だとか言われて、賞賛されることなんじゃないの?そうじゃなくって、同じことを繰り返していると、いや〜なわだちが刻まれちゃう恐れがあるの‥‥?

自分のフラフラして定まらない生き方の唯一ポジティブな側面を提示されたようで、心がキュウとした。

この「わだち論」はそれからいつも私の頭の片隅にあり、下山してからも「わだちを作りたくないな、アイデンティティを揺るがす出会いが欲しいな」と思いながら、相変わらずフラフラと、様々なことに目移りしながら、何一つ身にならないまま生きてきた。

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それから早5年の年月。

私のアイデンティティとも言えるカタカナ5文字【アリスピア】が、ポッと出のニューカマーによって奪われました。いや別に名前に所有権とかないけど。

アリスピアーーそう呼ばれる不思議の国は、今よりずっと昔から世界のどこかに存在していた。

アリスピア
アリスピア
え?アリスピア?
確かに今よりずっと昔、10年前から存在してましたよー

私など太刀打ちできないほど強い影響力を持つ『プリンセッション・オーケストラ』、略してプリオケ。

2025年4月から放送開始した女児向け変身バトルものテレビアニメ番組だ。「歌って戦う」がコンセプトだそうで、音楽というジャンルまで被せてきた。 

再生回数100万回超(!)プリオケ第三弾PV

さらに、その公式YouTubeチャンネルの名前が【アリスピアch】ときたもんだ

アリスピアchの登録者はわずか1年で3万人超に。

対してこっちのアリスピアは一年前にチャンネル登録者92人だったのが、今は微増の94人。全然更新してないのだから当たり前かもしれないとはいえこの圧倒的な成長曲線の差よ。。

アルファベット7文字の【ArispiA】の方は今のところまだ私が第一位の座を守っているけど、それもいつ奪われるか分からない(最初と最後が大文字のAという点だけは、死守できると思うけど)。改名、あるいは世界に爪痕を残すことだけが、名前を奪われることを回避する唯一の方法なのかもしれない。

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とかなんとかぼやいてたら、ここに来て突然お誘いが増えてきた。

ホロスコープで木星が12年ぶりに自分のアセンダントを通過して1ハウスに入ったのが2025年9月17日なんだけど(なんのこっちゃ)、本当にそのくらいから急に増え出したお誘い。ここから一年間は自分を打ち出していくチャンス、恥ずかしがって引っ込んでいるのは人生における大きな損失だって言うから、がんばって受けるようにしている。

9月までの私といえばスマホで漫画を読むことにハマっており、待てば無料の漫画アプリで『ナニワ金融道』を読むことが日々のささやかな楽しみだったが、急速にナニワ金融道の殺伐とした世界観が色褪せていった。底辺の人々を見て自分より下がいることに安心している場合ではない。新ナニワ金融道を途中で放棄したまま、頭の中の大部分は音楽で占められていった。

Kindleアンリミテッドでも読み放題のナニワ金融道、青木雄二氏の書いた初期の全19巻は勉強になるし面白くて一気に読んじゃうよ。消費者金融で借金だけはすまいと思える。。
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ライブハウスは時としてアイデンティティを揺るがす出会いをもたらしてくれる。

あるライブで初めて会った人が私の演奏を個性的で良かったと言ってくれて、Momさんというヒップホップシングソングライターさんの感じもあったと言われた。え、誰?マムってお母さん?と思い聴いてみたら、ハマった。Momは1997年生まれの日本人男性です。

2025年発売の最新アルバム『AIと刹那のポリティクス』。目からウロコ落ちる感じあった。

まず曲の合間に語りを入れてくアルバムの構成が斬新。語りは本人によるものではなく、AIで生成されたような子供の声。やたら偉そうに人生指南してくるのだけど不思議と嫌な感じがしないし、アルバム全体を一つのストーリのように統合する役割を果たし、飽きずに最後まで通して聴くことができる。私もそれをやりたいと思った。ヒップホップアーティストみたいに、曲中に自分の名前を『This is ArispiA』って呟いたりもしたい。(パクリじゃないよね…?)

『_____identitycrisis______』変則感のあるドラムがいい。現代的で引っかかる歌詞もいい。そしてグルーヴ感。
『post______no__future』これもグルーヴ感。キメの「ポストフューチャー」とその後のレトロポップな味わいの旋律が気持ち良い。街をステップ踏んで歩きたくなるような。

それと言葉の置き方がいい。あくまでポップで、詩のように言葉をメロディに置いてくる感じ。リズムにカッコよくハメつつ、少しの外しが気持ちよくなる感じ。自分のやりたいことだと思った。

私の音楽の中にほんの少しだけあった要素を見抜いて、それを教えてくれた人によって自分の可能性が広がった。久々に自分の体内に新しい風を取り込めてうれしく思った。

Momは、私がアリスピアの名前を奪われたとかなんとかわめいているのを横目に笑いながら颯爽と生きている。検索で引っ掛かるかどうかなどという表面的な問題には固執せず、肩の力を抜いてゆるく自然体で世の中を眺め、創作活動に集中しているように見える。なんだかかっこよいと思った。

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そうかと思えば、オリジナル研究会で出会った”我ながらブルース”(WB)さんに勧められた音楽も良かった。

WBさんは浅い知識しかない私とは違う本物のビーチボーイズファン。この記事書いたの恥ずかしいよ。勉強のつもりで中間はAIを使って書いてるやつ。

ブライアン・ウィルソンの未発表ソロアルバム『Sweet Insanity』も、知らなかった。聞いてみたらめちゃくちゃ良くて、本当に知れてよかったという思いで超ロングなブライアン追悼記事に更なる追加項目として加えるなどした。

Pet nSounds以降のアルバムはほとんど聴いてなかったけど、1970年の『sunflower』など、しみじみいいアルバムだなと思った。

『Sunflower』ブルース・ジョンストンが作った『Deirdre』がお気に入り。

そんなWBさんに誘われて、新宿御苑前Rutoでライブもした。

ルートはノルマなく、エントリー式で観覧と同じ2500円(ドリンク付き)でブッキングライブに出演できる。実はRutoには9年前に一度、niroちゃんの企画ライブに出演したことがあった。その際ブッキングもよかったらとお声がけしてもらえて自分も出よう出ようとしばらくずっと思っていたのに、ついぞエントリーしないまま活動休止し、出ずじまいだったルート。後ろ向きの茶色いアコースティックピアノは今はなく、前向きのキーボードとなったルート。赤いカーテンももうなく、代わりに張り巡らされたテープライトがブルーとグリーンにチカチカ光ってた。

WBさんは私と同じくピアノ弾き語り。なかなか出会わない希少な男性のピアノ弾き語り。猫をテーマにしたどこか絵本のような可愛らしい曲が多いけど、音使いにはブライアン・ウィルソンのような高度なセンスを感じる。およそ私には思いつかない美しいコード進行にハッとさせられる。

WBさん率いるベースとウクレレとピアノの”ウルトラアタックNeo”というバンドもいい。弾き語りでは成し得ないハーモニーポップをバンドによって完成させようとする試みに驚く。それはまさにブライアン。というか自分の曲に理解のあるメンバーが集まってバンド組めるってすごいなと思う。

いつかカバーしたい『猫とラジオとロックンロール』
この曲もすごい『ギャラクシーマドモアゼル』

私もウッドベースとサックスとピアノによるトリオ『猫耳小楽団』を結成できたらなどと夢想する。

。。ちゃんと数えたら24回目のライブでした

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自分は節操がないと思う。あらゆるものに気を取られ、その良さを感知し、瞬間的に夢中になってしまう。

全てが混沌の渦に溶け込んだのち新しくアイデアやメロディが降りてくることもあれば、何が何だか訳がわからないという気持ちで目眩がしてくることもある。

出かけたり新しい出会いが続くと脳が疲弊するので一人でぼーっとしている時間が必要だとかなんとか言い訳してつい怠けてしまうのだけど、自分にしては2025年はずいぶん動いたと思う。

2月は2年ぶりに行った町田IVYでのゆーすけオープンマイクで「普通のたけだ」さん(かぎかっこ付きね)と知り合った。たけださんは、幻想的で哀愁を帯びたエレキギターの音色に載せたシネマティックな弾き語り。しっかり者のように見えてホワ〜とした掴みどころのない言動と歌詞も魅力だ。

たけださんとはXだけで繋がっていたのだけど、7月に「オリジナル研究会」なるものに誘っていただき、亀戸ホームバウンドで再会した。私は意気込んで行ったものの全然うまく歌えず凹む。しかし少人数での歓談は楽しく、うっかり終電を逃し自転車で明け方に帰還するなどした。

9月3日、また「普通のたけだ」さんに誘ってもらい、初めての路上ライブ(4名で)。中野駅前の高架下から吉祥寺駅サンロード商店街まで夢のような体験をした。家から持っていったキーボードがめちゃくちゃ重くて、暑くて、しんどかったけど忘れられない日となった。

10月29日、二度目のストリートライブ。この日は、11/18の早稲田RiNenのライブで共演する ”ゆーぎりそう”ちゃん、「普通のたけだ」さんとのスリーマン。ゆーぎりそうちゃんは、ゆーすけと名前だけでなく音楽活動におけるスタンスも似ており、ネットの海のどこを探しても音源を見つけられない系の才能あふれるミュージシャン。

ゆーぎりそうちゃんとは2022年2月、5年ぶりに音楽活動を再開したオープンマイクにてすでに出会っていた。翌年3月に行ったオープンマイクにもいて、最初に会った時すごく素敵な歌声が心に響いたけど、わずか1年で更にパワーアップしていたことに驚いた。それからオリジナル研究会でも2回会っていて、私の少ない音楽活動の中でこれだけ会うってすごく縁を感じる。

この日はゆーぎりそうちゃんに尻をポンされるなどしてうれしかった。

2023、2024年とライブは八王子papaBeatでしかやっていなかったのに、2025年は新しいライブハウスを3ヶ所も開拓した。(オープンマイクを入れたらもう3ヶ所も!)

8月の八王子papaBeat『ハリーズニャイト』で共演したはりまさんに誘われ、はりまさんのお店の八王子びー玉にも10月と12月と2回出演させてもらった。共演者の方に誘われて別の所でライブ出演する、そういうのは2022年にライブ活動再開して初めてのことだった。2025年まで3年間、特に誰にも誘われることはなかった。10回くらいしか人前で演奏してないというのもあるけど。

それにしても急に忙しくなる。これまでの人生でも何回かあったけど、急に人気運がドカンとやってきて、急に去るのはやめてほしい。寂しいから。

10月、初めての八王子びー玉では、2番のAメロの歌詞を飛ばし、完全に止まってしまい、1分半くらい最初からやり直すという大失態。

大失態といえば、その少し前の三軒茶屋ラヂヲデイズでの2回目のオリジナル研究会でも、出だしでいきなり間違えて、何度やり直しても弾けなくなってしまい、ついに違う曲にチェンジするという大失態があった。そんな人、見たことない。人前で演奏することがあまりに怖すぎると思った。

打ちのめされることばかりだったけど、出会う人はみんな優しく、失敗を笑い飛ばすしかないという心境もあって私はいつもたいそう陽気に振る舞った。ダメダメでも楽しかった。

11月にはオリジナル研究会で出会い、WBさんのバンド「ウルトラアタックNeo」のベースでもある湯浅さんに誘ってもらい初の早稲田RiNenでライブ。ノルマや参加費がなくて、そういうのは初めてのことだったので驚いたしものすごくプレッシャーもあった。当日ピアノの鍵盤が戻らないキーがいくつかあってひどい状態で、そういうのも初めてで泣きそうになったのだけど、共演の湯浅さんとゆーぎりそうちゃんの二人はあまり気にしてない様子でサラりと弾きこなしていたので、これが「弘法筆を選ばず」ということか!と驚愕した。貴重な経験を積めた。

さて、長々と書き綴ってきましたが、ようやくあと少しで終わろうと思います。相変わらず冗長なブログ、こんなの誰が読むんでしょうか。私も常々、もっと細かく記事を分ければいいやんって思ってるんです。ああでも、読まれるのが恥ずかしいから、目くらまし的に長文で覆い隠すという心理も働いているかも知れない。それと、自分の中ではしっかりと点と点が繋がっているから、それを分かつわけにはいかないという思いもある。

ちなみに文章は一気にドカンと書くのではなく、2週間くらいかけて毎日チマチマ書き足していき、見直してはコリコリ修正していくスタイル。意外と地道で根気強い、文章においては。

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前述した「わだち」の作者のJohn Welwood氏について調べてみたら、まさに私がその本と出会った2019年に75歳で亡くなっていた。そして高野山大学は今年2026年度から教育学科の募集を停止、密教学科のみとなり、ついにお坊さんだけしか通わない閉ざされた場となるようだ。

どんどん年を取り、終わりに遭遇する機会も増えていく。人生はそんなに多くの時間は残されていない。蛇行運転や寄り道してる暇はないのかもしれない。

と言っても容易には変えられそうにない私の性分。フラフラしつつ、ここで気合いを入れつつ、どうにかこうにかがんばってなるべく多くの足跡を残していきたい🐾音楽と言葉とアート&アイデアで未来を切り拓く。

アイデンティティ・クライシス(アイデンティティの危機)によってこれまで築き上げてきた「轍(わだち)」が壊されても憂うことなかれ。新たな、とびきり上等の創造性が手に入るステップであり、たいへん喜ばしいことなのだ。そう信じて。(自己啓発本みたいな締め・・・)

 ArispiA